もろもろの災厄をことごとく消除する厄除大師として、霊験あらたかなことはむかしから有名で「厄除けのお大師さま」として親しまれ、関東近県はもとより全国から篤い信仰を集めている。総本山は、京都東山七条にある智積院。成田山新勝寺(千葉県成田市)、高尾山薬王院(東京都八王子市)とともに、真言宗 智山派の大本山の寺院。 ~川崎大師Webサイトより転載~
毎年、お護摩祈願に参拝しています。合掌して、お大師さまのご宝号「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)」を唱え、開運を祈願しお護摩札を頂いています。-お護摩とは、梵語でホーマ(homa)といい、〈焚く〉〈焼く〉などの意味をもつことばで、仏の智慧の火を以て煩悩(苦の根元)を焼きつくすことを表す。 -2019.01.30-
境内マップ
川崎大師HPより転載
「大山門」
当山開創850年の記念事業として昭和52年に建立された。この「大山門」は、堂塔伽藍をかこう浄域結界の総門。門の四方には、京都・東寺の国宝・四天王像を模刻造立した、持国天像〔東方〕、増長天像〔南方〕、広目天像〔西方〕、多聞天像〔北方〕が奉安されている。
「大山門の提灯」
この提灯は川崎大師魚がし講にご奉納いただいたもので、 提灯中央には「魚がし」の文字が、また下の部分には魚のマークや青海波と呼ばれる波を表わす模様が描かれている。
「大本堂」
当山吉例大開帳奉修の記念すべき昭和39年(1964)5月に落慶された。堂内には御本尊厄除弘法大師を中心に、不動明王・愛染明王などの諸仏が奉安されている。大本堂において毎日お護摩が修行され、世界平和、国家安穏、信徒安全が祈願されている。また、古来より勅願寺に列せられた由縁によって大本堂大棟には菊花の紋章が許されている。
「聖徳太子堂」
聖徳太子講並びに諸職人により昭和41年(1966)に奉納された聖徳太子像が奉られたお堂。
「鐘楼堂」
不動門と共に有縁の地より譲り受けたものであり、当山の戦後の復興を記念する重要な建物。毎年大晦日に除夜法楽が執り行われたのち、元日午前零時より境内に除夜の鐘が鳴り響く。
「八角五重塔 〔中興塔〕」
昭和59年(1984)の当山吉例大開帳ならびに弘法大師1150年御遠忌を記念し落慶された。当山の五重塔は、境内と諸堂宇との調和を考慮し、さらに真言の様式にかなうよう華麗にして格調ある「八角」としている。八角は最も円に近い建造物の形といわれ、「包容力」「完全性」を象徴。
「遍路大師尊像」
昭和48年(1973)の弘法大師ご誕生1200年記念事業として造顕され、同年5月開眼法要が執行された。当山の遍路大師尊像には健康、健脚を祈念して、献水されるご信徒の姿が多く見られる。また、併せて、尊像を結界する新四国八十八ヵ所霊場も創設され、当山第44世・中興第1世貫首(隆天大和上)が四国霊場巡拝の際にいただいてこられたお土砂が埋められ、ここに各霊場の御本尊がお迎えされた。お砂踏み霊場として、全国各地からのご信徒の参拝が、日々つづいている。
「不動堂」
昭和39年(1964)4月に落慶された。御本尊・不動明王尊像は、成田山新勝寺御本尊のご分躰を勧請し奉っている。
御朱印
「大師仲見世通り」
「平間寺」の大山門正面よりのびる150mの「大師仲見世通り」。名物「とんとこ飴」の飴店の店先で飴を切るトントコという軽快なリズムが鳴り響く。通りには、飴屋の他、大師名物のくず餅屋、だるま屋などが並ぶ。