紀尾井清堂で開催されている「建築家・内藤廣 なんでも手帳と思考のスケッチ in 紀尾井清堂」ヘ行ってきました。普段は一般公開されていないとのことで、現在開催中の会期中のみ、無料開放。外観やエントランスホールは打放しコンクリート。2階から5階は対照的に床・壁には木。吹き抜けの天井から降り注ぐ光とさまざまな方向につながる階段、温かみのあるオレンジ色の木のぬくもりが素敵でした。-2025.09.13-
「紀尾井清堂」
紀尾井清堂は、一般社団法人倫理研究所の倫理運動を、対外的に発信するシンボルとして2020年に建設。一般社団法人倫理研究所の理事長・丸山敏秋は、機能を決めないで思ったようにつくってほしい、つくった後に機能はあわせる、という難題を内藤廣氏に託し、本施設が誕生した。建物自体は5階建てとなっており、15m角のコンクリートキューブを4本の柱で持ち上げ、外間をガラスで覆うという特徴的な構成になっている。1階はピロティとなっており、2階以上は吹き抜け構造になっている。
~美術手帳HPより抜粋転載~
「ガラススクリーン」
コンクリートを覆うガラススクリーンにはDPG(Dot Pointed Glazing)工法を採用。厚さ30㎜(高透過強化合せ15×2)、約2.6m角のガラスを横7列・縦6列並べ立面を構成。それぞれのガラスはコンクリート躯体にアンカー固定された上部鉄骨から吊られており、1列の総重量は約3tに及ぶ。-中略- ガラス相互には50mmの隙間が設けられ、小口を現しとする事で、存在感のあるガラスの在り方を目指した。~パンフレットより抜粋転載~
「建築家・内藤廣 なんでも手帳と思考のスケッチ in 紀尾井清堂」(2025年7月1日~9月30日)
「紀尾井清堂」
[建築主]一般社団法人倫理研究所
[設計・監理]内藤廣建築設計事務所
KAP(構造)、森村設計(設備)
[施工]前田建設工業
[竣工]2020年12月
[敷地面積]537.56㎡
[建築面積]369.23㎡
[延床面積]1287.83㎡
[規模]地下1F・地上5F
[構造]RC造(一部プレストレストRC造、鉄骨造)
断面詳細図(展示)
「多角柱」
15m角のコンクリートキューブを支える多角形の4本柱。
1F:「東日本大震災への鎮魂」
1万8800個のガラスピースを
リング状に再構築したインスタレーション
【18800 pieces 2012.6.13】
京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)での展示。2012年当時の被災者の数を18,800個のガラスピースとして製作し、5.4×5.4mの唐紙の上に、職人と学生たちが一つずつ丁寧に敷き詰めたインスタレーション。~下記より抜粋転載~
【25673 dot 2011.5.1 NAITO】
東日本大震災の発災から約2か月後に、亡くなられた方と行方不明者の方が25,673人という新聞記事をみつけました。当時その人数の多さを私自身が体験する術として、日頃使ってる赤いペンで25673のドット(点)A4用紙に3日間かけて打ち続けたもの。この行為を通して、身体的な記憶として「3.11」が私の心に刻まれています。~下記より抜粋転載~
外階段から2階へ
2階入口
2F:「言葉の曼荼羅」
内藤の近著から、印象的なフレーズが抜粋されたものが曼荼羅状に並べられている。各フレーズは、建築事務所のスタッフが選んでおり、内藤の情熱的な一面が現れている言葉は赤色で、冷静沈着な一面が現れている言葉は青色で書かれている。
「言葉の曼荼羅」から、上を見上げると吹き抜けの空間が広がる。
3〜5階「なんでも手帳と思考のスケッチ」
内藤氏の約40年分の手帳を展示
"この40年来、A5版の能率手帳に全ての情報を詰め込むことを習慣にしている。日々の予定はもちろん、その時々に思いついたこと、記憶に残したいこと、プロジェクトのスケッチ、あらゆるものを張り込むことを延々とやってきた。ノートに貼り切れないものは捨てる、と決めているから内容は種々雑多ですが、その時の気分は思い出すことができる。また、忘れてしまったアイデアを反駁することもできます。最近では一年が終わると手帳の厚さは三倍近くに膨れ上がる" ~下記より抜粋転載~
上記写真:bunganet.tokyoより転載
トップライト
杉板型枠の打放しコンクリートによる躯体トップライト。底面を2.5m角の正方形、頂部を円弧の組合せによる緩やかな曲線としている。~パンフレットより抜粋転載~
「内藤廣氏」
1976年に早稲田大学大学院修士課程を修了したのち、フェルナンド・イゲーラス建築設計事務所や菊竹清訓建築設計事務所を経て、1981年に内藤廣建築設計事務所を設立。主な建築作品に、海の博物館や安曇野ちひろ美術館、とらや赤坂店、銀座線渋谷駅、富士高原研修所などが挙げられる。~美術手帳HPより抜粋転載~
2025
若き日、シルクロードをあてもなく彷徨った。それから幾多の局面を彷徨って現在に至る。スケッチは続く。たぶんわたしはまだ旅の途中なのだ。~上記より抜粋転載~