大人の2人女子旅「箱根の旅」。スタートは共通の友人夫妻が箱根ターンパイクを通り、眺望が素晴らしい終点の「大観山」に寄り「芦ノ湖」まで送ってくれました。4人でランチ、その後夫妻と別れてから"2人女子旅"スタート。芦ノ湖ほとりにある「箱根神社」を参拝後、箱根湯本の宿「箱根の森おかだ」へ。夕方、夜、朝と温泉三昧ですっきり。翌日、「彫刻の森美術館」「名勝神仙郷と箱根美術館」へ。新しい発見のある充実した1泊2日の女子旅「箱根の旅」でした😊。 -2025.10.28~10.29-
「幸せをよぶシンフォニー彫刻 」1975
ガブリエル・ロアール(フランス)
高さ18m、内径8mの塔で、480枚のステンドグラスによるパネルで壁面が構成され、色ガラスの光だけで空間そのものを造形した作品。題名は「光の奏でる交響詩」を意味する。ステンドグラスの技法のうち、ダル・ド・ヴェールという厚さ2~3センチメートルの板ガラスを使用する技法がとられている。ガラスをたたいて割れ模様を入れ、そこに差し込む光が屈折することで、独特のきらびやかさが出ている。ロアールは、このガラスを「スカルプチャード・グラス」と呼んだ。作品の構図は、ロアールの子供時代の世界が散文詩的に映し出されている。その情景は、東南西北の方角に合わせて春夏秋冬の場面が四分割されていて、螺旋階段を昇り降りしながら四季を巡り、塔の屋上からは箱根連山の眺望が得られる。~彫刻の森美術館HPより転載~
塔の内部に足を踏み入れると、
ステンドグラスが外からの光を受けて輝く美しさに圧倒。
見上げると
塔の屋上に到達
箱根連山の眺望
下をのぞき込むと
下りも同様にステンドグラスを眺めながら
下に到着
もう一度見上げます
箱根美術館の創立者岡田茂吉(1882~1955)は、昭和27年(1952)に「世界的な美術思想の涵養を通じて人間の品性を向上、および平和愛好思想の醸成を図ることにより高度の文化的芸術国家の建設に寄与する」ことを願って、財団法人東明美術保存会(現・公益財団法人岡田茂吉美術文化財団)を設立し、同年、箱根町強羅に箱根美術館を開館。岡田は第二次大戦末期の昭和19年から、自然の山水美と人工的庭園美を調和させた、一個の芸術品を造ろうとして「神仙郷」を造営し、その中に美術館を計画。箱根特有の環境に合わせて日本陶磁器の展示を主として、時々にテーマを持って特別展示もおこなっている。
上記:パンフレットより転載
「萩の道」
昭和22年(1947)完成。萩の家の移築に合わせて作庭された。蛇行する階段両脇の岩組の上に、ミヤギノハギとモミジが植えられ、紫と白の枝垂れる枝葉のトンネルをくぐるように演出されている。~箱根 神山郷HPより抜粋転載~
上記写真:箱根美術館HPより転載
「竹林」
昭和26年(1951)完成。美術館本館から別館へと続く園路と階段の両脇に孟宗竹を植えた竹庭は、一か所にまとまって生えていたり、飛び飛びに生えていたり、変化をつけている。中国風の趣を醸し出し、同じく中国風の外観の美術館本館と一体となっている。~箱根 神山郷HPより抜粋転載~
「本館」
昭和27年(1952)完成。鉄筋コンクリート造りの3階建てで、建物本体、内装、展示ケースに至るまで岡田の設計。外観は淡い色の壁に青い屋根瓦の中国風で、1、2階が展示室、3階には日本間の来賓室がある。展示は縄文時代の土器から鎌倉・室町時代の六古窯の壺や甕、江戸時代に至るやきものが中心。令和6年(2024)に別館、休憩所とともに国の登録有形文化財に登録された。~箱根 神山郷HPより抜粋転載~
上記写真:箱根美術館HPより転載
「神仙郷」
令和3年3月26日に、箱根美術館が建つ「神仙郷」が、国の名勝の指定を受けた。 「神仙郷」は、当館創立者岡田茂吉が、昭和19年から28年までの戦中戦後の混乱期に造営した庭園。築山、渓流、瀧、園路などを組み合わせ回遊しつつ楽しむ「石楽園」、柔軟な緑の布地のような苔と紅葉の美を競わせた「苔庭」、あるいは美術館へ巧みに人を誘う「竹庭」などにより構成され、その中に国登録有形文化財「神山荘(旧藤山雷太別荘)」、「観山亭」、「日光殿」、「箱根美術館本館・別館」、茶室「山月庵」をはじめとする建物が配されている。~箱根美術館HPより抜粋転載~
「石楽園」
神仙郷の中央に位置し、巨大な岩石群と渓流が織りなす石楽園は、岡田茂吉が強羅の土地を入手後最初に手がけた庭園で、岩も全て自身の指示で並べた。北側の竹庭や南側の神山荘前庭より一段標高が高く、箱根の山々や、はるか相模湾を取り込んだ開放感のある景観美を楽しめる。~箱根 神山郷HPより抜粋転載~
「観山亭」
昭和25年(1950)完成 。※内部非公開室内から箱根の山々が望めることから命名された。柿葺の数寄屋造りで、岡田が会談や、執筆の場として使用したとされる。強羅の土地を入手して最初に手がけた建物で、建設後、昭和を代表する数寄屋建築家の吉田五十八によって増築が行われた。~箱根 神山郷HPより抜粋転載~
「神山荘」
昭和19年(1944)入手 (※内部非公開)元は大正10年(1921)頃に建てられた、実業家・藤山雷太の別荘で、強羅に移り住んだ岡田の最初の住居。背後にそびえる神山の名から命名した。玄関の右手には食堂や応接室のある洋間、左手には日本間を配しています。屋根の一部は茅葺。建物全体が岩の上にあり、地形の高低差を利用した変化に富んだ構成が特徴で、平成13年(2001)に国の登録有形文化財に登録された。~箱根 神山郷HPより抜粋転載~
上記写真:箱根 神山郷HPより転載
「山月庵」
昭和25年(1950)完成。(※非公開)山月庵は日本の文化や建築美を世界に紹介するために、岡田が数寄屋大工の名匠、三代目木村清兵衛に託して建てた茶室。三畳の寄付、八畳の広間、草庵風の三畳中板の小間があり、小間の天井は赤松の丸太を使った格天井にするなど、各部に厳選した材料を使用している。屋根の形もそれぞれ異なり、檜皮葺、柿葺、茅葺の手法が施されている。前露地、外露地、内露地で構成された露地は、腰掛、中門、蹲踞、飛石、植栽などの要素によって格式高い空間が展開。
令和6年(2024)に国の登録有形文化財に登録された。
上記写真:文化遺産オンラインHPより転載
「日光殿」
昭和26年(1951)完成。(※内部非公開)「観山亭」を増築した吉田五十八によって設計された、1000人まで収容が可能な柿葺の建物。土地に高低差があり、西側は1層ですが、東側の約3割は地階と1階の2層となっている。日本の伝統芸能や演芸の上演を目的に建てられ、南側の芝庭では舞台が仮設されることもあった。令和6年(2024)に国の登録有形文化財に登録された。~箱根 神山郷HPより抜粋転載~
上記写真:箱根 神山郷HPより転載
「茶室 真和亭」
平成2年(1990)完成。苔庭に面して建つ「茶室 真和亭」は喫茶が可能な休憩所。四季折々に変化する苔庭の景色を眺めながら、季節の和菓子と、自然農法で栽培された茶葉を使った抹茶が楽しめる(有料)。~箱根 神山郷HPより抜粋転載~
上記写真:箱根 神山郷HPより転載
「富士見亭」
東京にあった岡田茂吉の住居を移築・再現
「苔庭」
昭和27年(1952)完成。約130種類の苔を敷き詰め、そこに220を超えるモミジが配されている。冬の雪化粧、春には新緑の輝き、苔の緑とカエデの紅が映える秋と、季節によって多彩な表情を見せてくれるが、とくに秋の紅葉シーズンには多くの人が訪れる人気スポット。~箱根 神山郷HPより抜粋転載~
「太鼓橋」