調布散策Ⅰ -鬼太郎関連スポット巡り-


2026年 "大人の遠足スタートは調布から。「鬼太郎関連スポット巡り」、「寺社・仏閣」(年始休日のため混みあう「深大寺」を除く)、散策の途中で立寄った「サレジオ神学院」まで、お正月明けの「調布散策」を楽しみました。-2026.01.04-

天神通り商店街(調布市布田)


「天神通り商店街」は、調布駅北口の旧甲州街道から「布多天神社」の参道へ続く通りにある。「鬼太郎」と仲間たちのキャラクター・モニュメントに出会うことができる。

「鬼太郎と目玉おやじ」がお出迎え!

「一反もめん」に乗る「ねこ娘」

「ねずみ男」

「塗り壁」

「天神通り商店街」の反対側の入口にも

「鬼太郎と目玉おやじ

「鬼太郎茶屋」

深大寺で営業していた「鬼太郎茶屋」

天神通り商店街に移転リニューアル(2024年11月)

布多天神社(調布市調布ヶ丘)


延喜式内「布田天神社」

御祭神】少名毘古那神(スクナヒコナノカミ)・菅原道真命【本殿】宝永3年再建木造流造【境内地】約3,200坪

当神社は延喜式(第六十代醍醐天皇の延長5(927)年に制定された法典)第9巻に名を列ねる多摩郡でも有数の古社である。 もと多摩川畔の古天神というところにあったが、文明(1469~87)年間多摩川の洪水を避けて、現在地に遷座された。 其の折、祭神少名毘古那神に菅原道真命を配祀したと伝えている。社伝によれば住古、広福長者という人が当社に七日七夜参籠して神のお告げをうけ、布を多摩川にさらし調えて、朝廷に献上した。 これが本朝における木綿の初めとされる。帝この布に調布(テツクリ)と名づけられ、以来この辺りを調布の里とよぶようになったという。本殿は宝永3(1706)年、覆殿は昭和40年、幣殿拝殿向拝は昭和60年の造営にかかる(社殿約72坪)。 毎月25日の例祭日に奉納神楽があり境内には市がたち参拝者で賑わう。末社に「金毘羅神社」、「稲荷神社」、「御嶽神社」、「祓戸神社」、「疱瘡神社」、「大鳥神社」、「厳島神社」がある。布多天神社 宮司謹記 ~下記案内板より抜粋転載~

「本殿」

布多天神社の本殿は、覆殿に囲まれ直接見ることはできないが、宝永3年(1706)に再建された。一間社流造で向拝の柱頭には象鼻や獅子頭が装飾されており、江戸中期の建築をあらわしている。本殿は、調布市指定有形文化財に指定されている。~布多天神社HPより抜粋転載~

「神楽殿」

神楽殿では、毎月25日の月例祭に里神楽が奉納される。節分祭には豆まき神事が、9月の例大祭では日没になると薪夜神楽が奉納され、幽玄な光景が広がる。~布多天神社HPより抜粋転載~

「御神牛」

菅原道真公は、丑の刻の御生誕で牛を大切された。公薨去せられ葬送の途中、柩車の牛が臥して動かず、公の御霊が自ら鎮られる所を定められたと牛に関する神秘的伝説が数多く残っている。~布多天神社HPより抜粋転載~

「布多天神社 御神牛について」

菅公は、仁明天皇の承和12年(845)乙丑六月二十五日丑の刻の御生誕で牛を大変大切にされたと伝えられている。又、延喜3年(903)2月25日公薨去せられ葬送の途中柩車の牛が臥して動かず、公の御霊が自ら鎮られる所を定められたとしてその地に御廟所を営み奉った。(現在の太宰府天満宮の御正殿)その他菅公と牛に関する神秘的伝説が数多く残っている。御神牛は悲しみに動かなくなった臥牛を表現したもので、御即位の御大典にあたり菅公の御威徳を偲び役員各位の浄財により建立したものである。宮司 野澤博久記 ~下記案内板より抜粋転載~

「金刀比羅神社」「大鳥神社」

「金刀比羅神社」:【御祭神】物主神(オオモノヌシノカミ、大黒様) 海上交通、船、交通安全の守護神

「大鳥神社」:【御祭神】日本武尊(ヤマトタケルノミコト) 開運、商売繁盛の守護神

「狛犬」


「拝殿」

「稲荷神社」

※境内に二社あり【御祭神】宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ) 五穀豊穣、商売繁盛の守護神

「御嶽神社」「祓戸神社」「疱瘡神社」

「御嶽神社」:【御祭神】櫛真知命(クシマチノミコト) 火災、盗難除けの守護神

「祓戸神社」:【御祭神】祓戸神(ハラエドノカミ) 罪けがれ、災厄を除き清めてくださる神

「疱瘡神社」:【御祭神】疱瘡の神(ホウソウノカミ) 疫病を司り、疫病を鎮めてくださる神

境内に「鬼太郎&ねずみ男」

覚證寺(調布市富士見町)


永禄4年(1561)に信濃国に生まれた細川辨之輔光惠が、仏教に帰依して得度、釋宗龍の法名をいただき京都加茂川のほとりに草庵を結び、帰国して一寺を建立。その後、文禄3年(1594)の春に江戸に移転した。この時をもって創建の年と伝えられる。京都のご本山・西本願寺の江戸出張所ともいえる本願寺浅草御坊(一説には浜町御坊とも)の寺中にあったが、明暦3年(1657)の大火によって御坊とともに焼失。本願寺は、幕府から代替地として与えられた八丁堀の海上を埋め立てて移転再建した。これが現在の築地であり、そこに他の寺中寺院とともに移転。いまの築地本願寺の南隣から、晴海通りをはさんだ場外市場のあたり一帯には、数多くの寺院が集まり、多い時には58ヵ寺もの寺院が甍を連ねたという。その後も江戸~明治の間には再々焼失しているが、大正12年(1923)の関東大震災による区画整理と魚河岸建設などの影響により、昭和4年(1929)調布飛田給に移転。さらに昭和19年(1944)には、調布飛行場の関係で陸軍の命令により隣接2ヵ寺(長専寺・光岳寺)とともに強制移転を余儀なくされた。この際、直線で約900mの距離を現在地まで、本堂庫裏の建物を曳いて移築している。本堂は平成13年に、庫裏は平成19年に、それぞれ新築されて現在に至る。当寺には日本漫画界の大御所であった故・水木しげる先生のお墓がある。~覚證寺HPより抜粋転載~

「本堂」

入母屋流れ向拝、瓦葺きの木造建築(間口5間×奥行6間)柱は国産の檜、その他の化粧材はラオス檜を多用

「庫裏」

木造2階建て瓦葺き、唐破風玄関

「漫画家・水木しげるさんが眠るお墓」

生前に作られ、鬼太郎、ねずみ男などレリーフの妖怪たちの出来映えに感心した水木さんは、石工を「日本のミケランゼロ」と称えた。

"妖怪レリーフ"

水木しげるゾーン


2025年(令和7)3月、京王線「調布駅」前の商業施設「トリエ京王調布」C館の北側の鉄道敷地「てつみち」に『ゲゲゲの鬼太郎』の作者で調布市名誉市民・水木しげるさんの作品に関連した全8体のブロンズ像などが並ぶ「水木しげるゾーン」が誕生。整備に当たっては、ふるさと納税制度を活用したクラウドファンディングによる。入口のぬり壁像に始まり、「鬼太郎ひろば」へと結ぶ。

「ぬりかべ像」

水木マンガの生まれた街 調布

水木しげるさんは、1959年(昭和34)に調布市富士見町に移り住み、2015年(平成27)に亡くなるまでのおよそ50年間、調布市に住んでいました。調布の素朴な風景を愛していた水木しげるさんは市内の森や林、古い寺や神社を巡って漫画のアイデアを練っていました。漫画には調布の風景も数多く登場します。2008年(平成20)には名誉市民の称号が贈られ、市内のいたるところで水木マンガのキャラクターたちと出会うことができます。そして、ここから鬼太郎ひろばまで続く「水木しげるゾーン」には「図書館だより」の表紙絵として描き下ろされたイラストを使用したパネルやキャラクターたちの照明、ブロンズ像があります。街の風景は変わっても、祇園寺でコマ遊びをしたり、多摩川で釣りをしたりする妖怪たちは、いるかもしれません。水木しげるさんが暮らした、在りし日の調布に思いをはせながら、水木マンガの世界に触れてみてはいかがでしょうか。~上記案内板より抜粋転載~

「イラストパネル」全20種類

駐輪場脇の歩道には4つの照明

「鬼太郎ひろば」に続く遊歩道に8つのブロンズ像

水木しげるさんは、50年以上にわたり数多くの作品を、この調布のまちで生み出してきました。『ゲゲゲの鬼太郎』、『悪魔くん』、『河童の三平』、自身の戦争体験を基に描いた『総員玉砕せよ!』や戦争の現実を描いた戦記漫画、人物伝や風刺漫画、妖怪画やエッセイなど、その作品は多岐にわたります。それらの作品の中で語られる言葉からは、水木しげるさんの人生観や人生哲学を感じ取ることができます。水木しげるさんの思う"幸福"とは、何気ない日常の中にあるのかもしれません。ここからの緑道には、水木しげるさんの作品に登場するキャラクターたちの像が並びます。そのキャラクターたちはくつろいでいたり、踊っていたり………。緑道を歩きながら、平和で何気ない日常の中にある幸福と水木しげるさんの思いを感じてみてはいかがでしょうか。~下記案内板より抜粋転載~

「墓場太郎」

『墓場鬼太郎』1960年刊行

幽霊族の最後の生き残り。貸本版の鬼太郎は正義の味方ではなく、悪事を働くような怪しい子供として描かれている。

「ねずみ男」

『墓場鬼太郎』1960年刊行

人間と妖怪の間の半妖怪。怪奇大学不潔学科卒業を自称し、奇怪な事象を追い求め、己の好奇心を満たすために行動する。

「河原三平と河童」

『河童の三平』1961年刊行

三平は山奥に住む小学生。河童に仲間と間違われたことをきっかけに交流を持つようになる。

「悪魔くん」(松下一郎)

『悪魔くん』1963年刊行

1万人に1人といわれる天才的な頭脳の持ち主。悪魔を地下から呼び出して、その力を利用して理想郷をつくろうと奮闘する。

「テレビくん」

「テレビくん」1965年発表

テレビの中に自由に出入りできる不思議な少年。テレビに入って画面に映るものを食べたり、テレビからものを取り出すことができる。

「コケカキイキイ」

「コケカキイキイ」1970年発表

老婆、捨て子、猫、シラミ、この死にかけた4つの生命体の生への執着から生まれた。社会の病巣を取り払おうとする。

「フーシギくん」

「フーシギくん」1974年発表

日本の修験道の開祖・役小角の三十代目にあたる。手足が自由に伸びるなどの不思議な能力を持ち、「テリコプター」で空を飛ぶことができる。

鬼太郎ひろば(調布市下石原)


京王線調布駅から西調布駅間の鉄道敷地の一部を活用して作られた公園。2019年5月開園。園内にはゲゲゲの鬼太郎像はもちろん、鬼太郎の家を模したすべり台や、ぬりかべのボルダリング、一反もめんベンチなどが設置され「ゲゲゲの鬼太郎」の世界が広がっている。西調布側には京王線のトンネル出入り口から電車が行き来する様子も間近で見られる。

「鬼太郎像」

「やまびこ」

呼子(よぶこ)、山小僧(やまこぞう)とも呼ばれている

縁台に座る怪しげな「ぬらりひょん」

「河童の三平池」

「ぬりかべクライミング」

ボルダリングのように登れる

「鬼太郎の家」から滑り降りる

「鬼太郎の家滑り台」

「鬼太郎の家」のちゃぶ台の上に

おわんのお風呂に入っている「目玉おやじ」!!

「一反もめんベンチ」

鬼太郎ひろばのトイレ

トイレの塀から「猫娘」と「ねずみ男」

ひょっこり顔を出している


トイレのピクトグラム。目玉のおやじがイケてる!

「鬼太郎ひろば」の奥は地下から京王線の線路

 

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