「開成町あじさいまつり」に行ってきました。小田急線新松田駅からスタートし、「あじさいの里」へ。お天気はちょっと曇っていて、富士山は残念ながら見えずでしたが、田園地帯のあじさいがが満開で "苗の緑とあじさい"、"緑の茶畑とあじさい"、"水路に沿って咲くあじさい" を観賞。その後、「あしがり郷瀬戸屋敷」、「岡野あじさいの里」へ。ゴールは開成町駅。-2026.06.11-
「開成町あじさいまつり」
1977年(昭和52)にあじさいが町の花として制定され、「あじさいの里」が開成町に誕生した。"開成町あじさいまつり"は、人と人とのふれあいと交流、地域や産業の発展につなげるとともに時代を越えた茅葺き屋根の「瀬戸屋敷」から味わう歴史など、開成町の魅力を広く発信していくことを目的に開催されている。開成町にある「あじさいの里」は、7.2haの田畑を碁盤の目のように区切る道や水路に沿って5,000株のあじさいが植えられている。青や紫、ピンクなど色とりどりのあじさいが田畑の周りを彩る。花越しに望む富士山の風景や、苗の緑とあじさいの鮮やかな色合いが織りなすコントラストは見事。
小田急線「新松田駅」からスタート
「十文字橋」
「十文字橋の歴史」
十文字橋は明治22年(1889)東海道線が開通し、それに伴い松田駅から大雄山最乗寺道了尊に通ずる幹線道路の橋として出来た。この木の橋は、地元有力者が建設し金銭を取り渡らせていた。たび重なる豪雨でその都度流され、仮橋や渡舟で対応していた。大正2年(1913)現在の十文字橋の原型となるトラス橋を県が完成させた。しかし、中心部の橋脚だけが石で積み上げ、その他は木製でした。その後木製から鉄製になった。大正12年(1923)の関東大震災で鉄製の橋脚は落ちてしまったが、石の橋脚部分だけは残った。昭和8年(1933)には、鉄製部分がすべてコンクリート製になった。その後、歩道をつけたり、トラスをとる大規模改修をし、昭和51年(1976)からは松田町・開成町で管理することになった。平成19年(2007)9月7日未明の台風で大正2年(1913)につくられた石の橋脚の一部が被害を受けてしまったが、平成20年(2008)現在の橋に復旧された。このモニュメントに使われている石は、大正2年(1913)の橋脚の石。松田町役場 ~下記案内板より抜粋転載~
この石が大正2年(1913)の橋の
橋脚の一部
酒匂川(さかわがわ)上流側
酒匂川下流側の小田急線の橋梁
歩道に開成町の花:あじさい
「あじさいの里」方面へ
「殉国英霊之碑」(吉田島地区)
この塔は、沖縄をはじめ国内外諸地域において戦没された吉田島村出身者の諸霊を祀っている。開成町戦没者遺族会開成町
開成町あじさいまつり
「あじさいの里」マップ
青々とした水田にあじさいの色が生える
緑の茶畑とあじさい
フォトスポット
白いあじさい「アナベル」も咲き誇る
白いとうもろこしの直売所
神奈川県開成町で作られている、純白のトウモロコシ。その名は"ホワイトショコラ"。噛むと弾ける食感が特徴。朝採れの白いとうもろこしを購入し、人生初の"生"でいただくとうもろこし。甘くてみずみずしい!かぶりつくと白い果汁がじゅわー!!
上記写真:JAタウンHPより転載
「開成ブルー」
・ガクアジサイ「おはよう」を母に、無名の薄青紫色のガクアジサイを父に持つ。・静岡県掛川市「加茂荘花鳥園」が開発したオリジナルあじさいの新品種。・名前がない新品種に、加茂荘花鳥園のご厚意により「開成町あじさいまつり」第30回記念事業として公募により命名された。
「ふれあい広場」
「水車小屋」(胸掛小屋)1棟(11㎡)
豊富な水を利用して水車を回し、水車小屋の中に石うすを設置して、実際お米がつけるようになっている。
「あじさい池」
「あしがり郷 瀬戸屋敷」へ
続く「あしがり郷 瀬戸屋敷」、[瀬戸酒造店」、「岡野あじさいの里」は、 開成町あじさいまつり Ⅱ(Jun.2026) へ。