町田市ウォーキングマップ "コース1 南町田・鶴間周辺 誕生、南町田グランベリーパーク"を参考に南町田を散策してきました。散策後、主目的の「南町田グランベリーパーク」で買物😊。楽しい一日でした。 -2025.11.07-
南町田グランベリーパーク駅
2019年11月に東急田園都市線最大級の再開発で生まれ変わった「南町田グランベリーパーク」。駅・商業施設(4割がアウトレット業態、3割が飲食・食物販)・公園・住宅を一体にして進められたまちづくりは総面積22万平方メートルにも及ぶ。商業施設と公園の中間に位置する「パークライフ・サイト」に「スヌーピーミュージアム」も開館。
スヌーピーファンの聖地シュルツ美術館の世界初のサテライト(分館)として、2016年4月に2年半の期間限定で東京・六本木に「スヌーピーミュージアム」が開館。2年半で130万人を超す来場者を集めながらも、予定通り2018年9月に閉館。2019年12月、東京町田市の南町田グランベリーパーク内に場所を移して再オープンした。
「スヌーピー・エントランス」
エントランスに大きく口をあけたスヌーピーのモニュメント。スヌーピーの口を通り抜けてミュージアムに入る。
「スヌーピー・ウィンドウ」と「スヌーピー・トリックアート」
スヌーピー・ウィンドウ
スヌーピー・トリックアート
「PEANUTS GANG」
「鶴間公園」前のスヌーピー
「鶴間公園」から南町田散策スタート
町田市ウォーキングマップ
コース1 南町田・鶴間周辺
誕生、南町田グランベリーパーク
上記マップ:町田市HPより転載
東京都町田市の最南端、鶴間・南町田地区に位置する都市公園。2019年の再開発エリア、新しいまち「南町田グランベリーパーク」の一部としてリニューアルオープン。約7万1000㎡の敷地のみどり豊かな公園には、大きな2つの芝生広場、グラウンドやテニスコート等の運動施設、子どもたちの3つの「あそびば」、クラブハウスなどを内包している。
新たなスヌーピー・パークスタチューが2体登場
ベンチに座って一緒に撮影できる
創建の年代は詳らかでない。熊野本宮社を勧請し、享保11年(1726)相州鎌倉の名匠の名匠蔵並七郎、同善介、同八重郎により本殿造立、延享3年(1746)3月に除地宮免畑一町五反あり、安永6年(1777)8月と安政5年(1858)11月社殿再建。明治3年熊野社除地の畑三町歩あり、昭和11年11月社殿再建。~東京都神社名鑑より抜粋転載~
「手水舎」
狛犬2対と「拝殿」
手前の狛犬
奥の狛犬
「拝殿」
扁額
「本殿」
「境川ゆっくりロード」
東京都町田市を流れる境川沿いに整備された境川自転車歩行者専用道路の愛称が「境川ゆっくりロード」。下流側から鶴瀬橋下流部〜共和橋、高橋〜坂本橋上流部の14.5kmの区間。
「境川」(さかいがわ)
県北部の城山湖付近を源として都県境を南下し、藤沢市の江ノ島付近で相模湾に注ぐ、流域面積:約211㎢、延長:約52㎞、流域関連市町:6市(横浜市、町田市、鎌倉市、藤沢市、相模原市、大和市)の二級河川。~神奈川県HPより抜粋転載~
上記:NPO法人 境川の斜面緑地を守る会HPより転載
「鶴間くつろぎ公園」脇の階段を降り
「境川ゆっくりロード」へ
せっかくなので目的コースの反対側を少し歩く
「鶴間橋」
橋の左側が神奈川県大和市、右側が東京都町田市
ここでUターンし戻り目的のコースへ
「境川水管橋」が見えてきました
「境川水管橋」(さかいがわすいかんきょう)
【水管】口径1500mm 3条 【橋長】56m 【完成】昭和49年3月
この水道橋は、道志川から取り入れた水や相模湖にためた水を川井浄水場や西谷浄水場まで運ぶための導水路の一部。3本のうち1本は道志川の水、2本は相模湖の水を運んでいる。最初に水管橋が造られたのは明治20年で、当時は、口径22インチ(560mm)と口径18インチ(460mm)の2本の管が川を渡っていた。 ~下記案内板より抜粋転載~
見上げると
振り返って見る
境川ゆっくりロード
「共和橋」から11.0km
「鶴舞公園」のグラウンド・テニスコートの境川側入口
「境川・鶴間せせらぎ広場」
広場内には災害時協力井戸がある
境川のフェンスが途切れた場所から左へ
「圓成寺縁起」
「相模風土記」に北条氏綱の家臣、山中修理亮貞信が遁世して、恵心僧都作とされる阿弥陀仏の立像を安置し、天正年間に当寺を開いたとされている。元は厚木市飯山に在し、三代か四代の頃に当地に移り住んだと語り伝えられ、開山了雲、二代空存、三代存永が墓石および過去帖に連記されていることからも推測される。以来世襲絶えることなく四百年以上にわたり、法灯が伝えられている。現在の本堂は、十六代徳行の時に再建されたもので、過去には何度か火災に遭い、そのたびに門信徒の皆様のおかげにより、九代順栄、十一代善応、十四代栄雲の時に再建の記録がある。なお、本堂余間に安置されている「聖徳太子立像」は、室町時代後期の作とされ、町田市指定文化財になっている。~下記石碑より抜粋転載~
熊野神社の末社として江戸時代中期に創建されたものと考えられる。祭神は、大己貴命(おおなむちのみこと)=(日吉大社の西本宮)。社殿内の本殿は、昭和46年、熊野神社より移設され、「板ぶき目板打」屋根の建築様式と彫刻等を含め都の文化財級の貴重なもの。棟板には、享保11年(1726)「大工、藤並七郎衛」等の墨書がある。なお、棟の正面には、巴紋の左右に「笹に根竹(ねたけ)」の家紋がある。~鶴間町内会HPより抜粋転載~
日枝神社本殿
<町田市指定有形文化財>
【所在地】町田市鶴間6丁目21番24号【特徴】一間社流造・こけら葺き【年代】享保11年(1762)【指定】2018年1月24日
身舎桁行3.33尺(1,000㎜)、同梁行2.93尺(888㎜)、庇梁行2.51尺(761㎜)
鶴間村の村社であった熊野神社本殿を移した遺構で、身舎内の墨書と棟札写しから、建築には鎌倉乱橋村の大工・蔵並七郎兵衛、愛甲郡飯原村(半原村)の木挽・小嶋佐五右衛門、武蔵国多摩郡鶴間村の屋根葺・西本市兵衛が関わったことが判明している。大工の蔵並家は、重要文化財の光明寺本堂(1698年・鎌倉市)などを手掛けた鎌倉の有力大工家であり、当本殿は、町田の近世建築で鎌倉大工(藤並家)の関与が判明する唯一の事例として貴重である。比較的小規模ながら、創建時の部材と形式をよく留め、木部は欅材をふんだんに用い、拭き漆仕上げする部分が多いこと、細部まで丁寧に作られていること、屋根は地元の職人がかかわったこけら葺きが当初形式を留めていることなどにおいても大変貴重なものである。~下記案内板より抜粋転載~
「本殿」
上記写真:文化遺産オンラインHPより転載
「第六天社調葦」
祭神は、面足命(おもだるのみこと、通称大黒天)この第六天社の創建は、鶴間(小字大ケ谷戸)の最も古い土着の人々の守り神として造立したもので、この近所の最も古い個人墓地より古く1500年代と思われる。~鶴間町内会HPより抜粋転載~
大ケ谷戸バス停の待合所西側に高さ92㎝、幅39cm角型の庚申塔があり、裏面に文久3年(1863年)8月吉日建立とある。これは、「コレラ」を防ぐため、中国の道教からくる青面金剛(しょうめんこんごう)を庚申の日に講中が集まり、災厄を除けるお祈りをしたもので、講中は戦後まで続いていた。~鶴間町内会HPより抜粋転載~
銀河歩道橋(ぎんがほどうきょう)は、東京都町田市の国道246号線をまたぐ歩行者専用橋で、曲面が美しい橋。【橋長】:42.1m【最大支間長】:41.4m【形式】:版桁橋。246号を天の川に見立てて国道の西側に織姫星、東側に牽牛星、四季の星座のレリーフを彫り込んでいる。1989年「土木学会田中賞」受賞。
国道246号にかかる「銀河歩道橋」
水道みち「トロッコ」の歴史
この水道みちは、津久井郡三井村(現・相模原市緑区三井)から横浜村の野毛浄水場(横浜市西区)まで約44kmを、1887年(明治20年)わが国最初の近代水道として創設された。運搬手段のなかった当時、鉄管や資機材の運搬用としてレールを敷き、トロッコを使用し水道管を敷設した。横浜市民への給水の一歩と近代消防の一歩を共に歩んだ道です。横浜水道局 ~下記案内板より抜粋転載~
イギリスで製造された鋳鉄製の水道管
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